ヘルメースときこり|表札を、人任せにしない

AIや検索が多くの情報を扱える時代に、何を自分たちのものとして外へ出すのか。
「金の斧」を手がかりに、自分のものを見分け、何を残し、何を変えるかという判断について考えます。

自己像や事業像が、はじめて外に出るとき

すでに外へ出ている情報は、AIや検索も扱いやすいです。
一方で、まだ言葉になっていないことは、形になったあとにも微調整が残りやすい。

例えば、その前段階にある――
私たちは何者なのか
何を大事にしてきたのか
何は変えてよく、何は変えてはいけないのか
他者からどう分類されてもよいのか

こうしたことには、当事者にしか分からない事情や、本人にしかできない決定・判断が多く含まれるからです。

ウードリーの素描をもとにした版画「木こりとメルキュール」
(ラ・フォンテーヌ『寓話』より)
※メルキュールは、ローマ神話の神で、ギリシャ神話のヘルメースにあたります。

自己申告がないところでは、他者の要約が自己紹介になっていく

また、小さな事業ほど、専門の広報担当もいないので、未整理なまま外へ出やすいです。すると、検索エンジン、AI、SNS、口コミなど、それぞれの情報から、【あなたはこういう人です】という表札が形づくられていく。もちろん、それが誤りとは限りません。でも、自己申告が存在しないところでは、他者による要約が、事実上の自己紹介になっていきます。

AIも制作会社もマーケターも、立派な「金の斧」を差し出せる時代です。
「御社の強みはこれです」
「この言葉なら売れます」

どれも悪いわけではありません。
でも本人が、

それは確かに立派だけれど、
「私たちではない」

と言えなければ、ここでも、
他者の優れた言葉や要約によって、置き換わりが起こります。

これは、現代の技術だけの問題ではなく、
人が、自分のものをどう見分けるかという、古くからの問題でもありそうです。

自分のものを、どう見分けるか

人が、自分のものをどう見分けるか。
そこには、見落としやすい二つの盲点があるように思います。

過去を取りこぼす危険と、
未来を先取りする危険です。

長年当然のように続けてきたこと。
本人には価値に見えていないこと。
記録から抜け落ちていること。

大切だから見えるのではなく、大切すぎて背景になっていることがあります。
一方で、これから自分のものにしたいものと、今すでに自分のものであるものが混ざることもあります。

ほぼできているのに、そのままでは出せない

ずれは、外に出してみないとわかりません。
そこで、自分や自分たちには見えにくいものを、できるだけ正確に見直す。

「これは残したい」
「これはもういらない」
「これはまだ自分にはないけれど、こうなりたい」

この時、完成に近づいたからこそ初めて、望まない何かが見えることもあります。

「そこまで言いたいわけではない」
「この部分だけ、妙に他人の顔をしている」

自分について書かれた事実でも、
「今後は自分たちの表札ではない」と判断することもあります。
何を外へ出し、何を出さないかも、自分で決めることの一部だからです。

そうした違和感は、全体で見れば小さなものです。
でも、個別の事情が集中する箇所に、見逃せない何かが残る。
「ほぼできているのに、そのままでは出せない」状態が続く。

そのようにして最後には、
何を自分のものとして引き受けるか、という判断が残る

これは、AIが作ったものだから「自分のものではない」という話ではありません。
自分で一字一句書いたから「自分のもの」ということでもありません。

自分の名前で出す。
自分たちのものとして受け入れる。
この方向へ進むと決める。
何を残し、何を変え、どう外へ出すか。
深く沈んで、戻ってきたものをどこに置くか。
そこに主体が残る。

図版について

ウードリーの素描をもとにした版画「木こりとメルキュール」(本文図版)

Cochin-Dupuis-Oudry-La Fontaine – Le Bûcheron et Mercure

ジャン=バティスト・ウードリー(Jean-Baptiste Oudry)の素描をもとに、シャルル=ニコラ・コシャン2世(Charles-Nicolas Cochin II)がエッチングで版へ移し、ニコラ=ガブリエル・デュピュイ(Nicolas-Gabriel Dupuis)がビュランで仕上げた版画。ラ・フォンテーヌ『寓話』第5巻第1話「木こりとメルキュール」(Le Bûcheron et Mercure)を描いたもので、1755〜1759年刊行の寓話全集に収録されています。

出典:Wikimedia Commons/Gallica(フランス国立図書館)
権利表示:パブリックドメイン(Wikimedia Commons)

バンジャマン・ラビエによる「木こりとメルキュール」(アイキャッチ画像)

Rabier – Fables de La Fontaine – Le Bûcheron et Mercure

挿絵:Benjamin Rabier(バンジャマン・ラビエ)

ラ・フォンテーヌ『寓話』第5巻第1話「木こりとメルキュール」をラビエが描いた挿絵で、1906年刊行の寓話全集に収録されています。

出典:Wikimedia Commons/Gallica(フランス国立図書館)
ライセンス:CC BY-SA 4.0

※アイキャッチ画像には、バンジャマン・ラビエによる「木こりとメルキュール」の挿絵を使用し、掲載にあたりデザインワークス キッカでトリミング・色調調整を行っています。

補足:
ウードリーの素描は、そのまま本に印刷されたわけではありません。
コシャンとデュピュイは、ウードリーの素描を版画という別の媒体へ移すために、それぞれの技術と判断を加えています。

それでも、それによって素描の作者がコシャンやデュピュイになるわけではありません。反対に、版画へ移す過程で加えられた仕事まで、ウードリー一人のものになるわけでもありません。

誰かのものを受け取り、自分の仕事を加え、次の形へ渡す。
その途中には、自分がどこを引き受けたのかを区別する仕事もあるように思います。