良い判断は瞬間の結果だけで測れない – ときに関係が終わった後にも残る

採用 – 人と事業が接触する場所で思い出すこと

若い頃、憧れていた会社を受けました。結果は落ちました。
でも、その会社への尊敬は残りました。

今では少し、理由がわかります。

その会社は、不採用という不利益な結果を伝える場面でも、
その会社にしか書けない言葉で、相手を扱っていたからです。

心のこもった不採用通知だった、ということではありません。

もう成果には結びつかない相手との関係を閉じる場面で、その企業らしさが現れた。
独特なのは、その判断の価値が、何年か経った今も受け手の私に残っていることです。

成果の対象にならなかった人も、企業と接触した人

通常であれば、採用や選考は「採る人」が重要です。
採用しない人への対応は、手続きの一部になりやすい。

一方で、成果の対象にならなかった人も、企業と接触した人です。
私自身、粗末に扱われた感覚が残らなかった。

そこから今の私が感じることは、
採用できた人数や結果だけではなく、応募した人、落ちた人、入社した人、現場で働く人、その後辞める人までを含めて見る視点でした。

外側にいる人が、どのように扱われたか

決定そのものは、変えられません。
でも決定後、相手へ結果を渡すまでには、人間の判断が残る。

そのような地点で、事実と相手をどう扱うか
結果の渡し方には、わずかに余地があります。

制作技術そのものと、「他者と接触する境界」をどう扱うか

肝心の文面は、今は残っていません。
どのような検討を経て、その文章になったのかは、それ以上に分かりません。
それでも、私は定型的に処理された知らせとは違うものとして受けとりました。

見合った重さで扱われた、という感覚です。

得になるかどうかとは別に、その場面でどう振る舞うか。

違うもの同士が接触するとき、片方がもう片方を潰さないこと。

企業側が応募者の希望を叶える必要はありません。
採用しないという判断を曲げる必要もありません。

それでも、決定権を持つ側が、
相手を余計に小さくしない

事実を「相手にどう渡すか」まで荒くはしない。

その会社は、BtoBサイトや採用サイトの制作を得意とする企業でした。
今思えば、だからこそ、
ブランディングは成果だけでなく、不利益を伝える場面にも現れる——
そのような考えが受け手の私にも、届いたのかもしれません。

制作技術そのものより、人・事業・情報が、他者と接触する境界をどう扱うか。
創造性や制作技術と、人間らしく人を扱うことを、同じ場所におくこと。
責任の境界を曖昧にせず、信頼も損なわないこと。

思い返すと、甘苦い思い出です。
実際の仕事の中で、見落としたこと、教えられたこと。
いろいろな判断を見てきたことが、現在の判断基準になっています。